走っている夢を見ました。
追いかけてる夢を見ました。
 
どちらも進むことはなく、
その先には届かないものがありました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
耐久レース
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
初めて出会ったのは
母親の再婚相手を紹介されたとき。
次期母親になるであろう女の後ろに小さく立った黒髪の俺に劣らぬ美少年。
無愛想でやたら面だけよくて、第一印象はサイアク。
 
次に会ったのは結婚式。
披露宴ではもちろん同じ席。
何も喋らない相変わらずのストイックな雰囲気が気にくわない。
気取ってんじゃねえよと眼を飛ばしていれば
切れ長の夜のような瞳が俺を貫いて完敗。
 
その次に会ったのは父が建てた新築。
同じ部屋に押し込められて、初めて会話を交わした日。
薄い唇が開いて「よろしく」と簡単な挨拶が降ってきた。
そいつはすぐ気まずそうに顔を逸らしたので
「こちらこそ」と返せばほっとしたように頬を緩ませていた。
 
一緒に住むようになって4年目の春。
兄が男を連れてきた。
銀色の髪に緋色の瞳。
玄関で出くわした俺に、目を泳がせながら友達だといった。
その目は嘘をついていた。
 
 
 
 
就職が決まり兄弟になってから8年目の春。
兄は独り立ちすると両親に告げた。
俺には何も話さずに。
両親からことを聞き、胸倉を掴んで詰め寄れば
乱れたポロシャツから独占の赤い印が見えて
どろどろとした汚い感情が身体を這いずり回り
しがみついて泣いたことを今でも鮮明に覚えている。
 
 
 
 
そのあと、兄が話してくれた。
優しい嘘の詰まった言葉。
 
苦しそうに笑って羽のようなキスを送ってくれた。
今にも泣き出しそうなのに決して涙を零すことなどない、
兄の強い意思が秘められた瞳。
この瞳が大好きだった。
けっして嘘をつかないこの瞳が。
何があっても揺るがないこの瞳の中に
俺が少しでも映っていることが幸せだった。
 
 
 
 
出会ったときから少しずつ、少しずつ育っていった淡い恋心。
ずっと知らないふりをして、ずっと前から知っていた。
なんとも不毛な恋をしている。
 
 
この最愛の兄に。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あれ、土方さん潰れちゃいました?」
 
ハッキリしない頭の中に声が響いて、上半身をゆっくり起こした。
覗きこむように山崎が心配そうな顔で立っている。
状況が上手く読み込めなくて、きょとりと首を斜めに傾げた。
ここはどう見たってカラオケボックス。
ついさきほどまで馴染みの居酒屋にいたはずなのだが。
 
「迎え、呼びましょうか」
 
返事をしない土方に、よほど気分が優れないのかと悟った山崎は
サイドのポケットから素早く携帯を取り出してみせた。
 
「大丈夫だ」
 
伏せ目がちに首を横に振って断れば、がつんと頭に衝撃が走る。
予期せぬ頭痛に、運よく上半身は先程まで独占していたソファへと倒れ込んだ。
 
「・・・呼んできますね」
 
咄嗟に土方の身体を支えようとしていた腕を下ろして、
溜息を含んだ笑顔で山崎はいった。
その有無を言わさない雰囲気に、なんだか癪だが素直に頷く。
携帯を片手に持って、酔っ払いどもに絡まれつつも
懸命にカラオケボックスを出ていく彼の姿を静かに見やった。
 
 
 
「なに、帰るの?」
 
白いものが視界を遮る。
土方の少し紅潮した頬をするりと撫でて顎が上に持ち上げられた。
 
「・・・帰る」
「送ろうか?」
「あいつ呼んだから」
 
いい、と視線を逸らした。
ついでに顎にある手も引っぺがして、適当なところに投げ出したままの鞄を肩に掛ける。
横をすり抜けようとしたら、白い腕に引き止められた。
 
「怒ってる?」
「誰が」
「嘘つき」
「会話しろ」
 
腕に手を掛けて退かそうとすれば、その腕で胸に引き寄せられた。
小さな頭痛がちくりと走る。
 
「・・・あのな」
「俺が送るから、いこう」
「だから」
「土方さん」
 
凛とした透明なトーンが二人の間を遮った。
室内が薄暗くて分かりにくいがこの声の主が一体誰かなんて
 
 
間違えるわけがない。
 
 
「・・・お早いご到着ですね」
「迎えに来る予定でしたからね」
 
ふっと笑って近寄ってきたのは
やはり思っていたとおりの人物だった。
 
「過保護なこって」
 
ぼそりと坂田が毒を吐いた。
抱きしめられていた腕が解かれ、
自分の着ているジャケットを土方に被せようとする。
だが、そのいたって紳士的な行動は難無くかわされてしまった。
坂田より数秒早く、総悟が土方の肩へジャケットを掛けたのだ。
まるでこれ以上触れてくれるな、とでも言うように。
宙をさ迷った坂田のジャケットは、苛立ったようにソファへ投げ飛ばされた。
ばさっと音がたって、土方は小さく肩を震わす。
 
「じゃ、帰りますんで」
「・・・はいはい、気をつけてね」
「え?危ない道を目ェつぶって通れ?それはさすがにできやせんぜ」
「いや、んなこと言ってねぇし」
「じゃあ思ってもないことをよく言えますね」
「それは口先から産んだ親に言って」
 
両者ともに口許を緩めてはいたが
何ともいえない奇妙な雰囲気に土方は心底帰りたいと思う。
総悟の服の袖を控えめに引っ張ると、
こちらを向いて「帰りましょうか」と言った。
 
さっさと土方から背を向け、床にしゃがみ込む。
乗れ、とでもいうように首を動かした。
 
「ばっ、んな恥ずかしいことできっか・・・!」
「頭痛ェんでしょ?」
「そう、だけど・・・」
「弟がしっかりおぶってやりますよ、お兄ちゃん」
 
 
ちくり、今度は胸が痛んだ。
不思議に思ってそこを撫でると
急かすように総悟が土方の名を呼ぶ。
渋々と背中に身体を預けて
華奢だがしっかり筋肉のついた背におぶられた。
 
「あれー、トシ帰っちゃうの?」
「近藤さん」
 
扉を開けようとすれば全裸の近藤に引き止められた。
誰かに落書きされたのだろうか、額に大きくゴリラと書かれてある。
 
「脳細胞が潰れちまってるみてぇでちょっくら火葬してきやす」
「え?仮装?そんなめでたいことするのか!」
「・・・めでたいのはアンタの頭だよ」
「そう?照れるな」
「褒めてませんぜ」
「あっはっは!まあ、気をつけて帰れよ!」
「ああ」
「総悟、お兄ちゃんをよろしく頼む」
 
ぽむぽむと栗色の髪に近藤の分厚い手が置かれた。
少し照れたように俯いて、こくりと頷き
土方たちは部屋を出ていった。
 
「帰りましたか」
「おー・・・、もっと居てほしかったけど」
「土方さん、疲れてたみたいで」
「そりゃしかたないか」
 
ビールのジョッキを片手に持ち、
近藤はそれをグイッと一気に飲み干した。
 
「仲良くなったもんですね」
「?なにが」
「あの兄弟」
「ああ」
 
そうだなあ、と満面の笑みで頷く。
 
「沖田さんってばほんとにお兄ちゃん子って感じで」
 
くすくすと笑いながら二人が出ていった扉を見やった。
先程までなんだかんだいいながら
仲のよさそうにしていた兄弟の姿はもう、そこにはない。
 
「・・・・・案外、」
「はい?」
「弟離れできてないのはトシのほうかも知れんぞ」
 
ぷはっと太くたくましい腕で口許を拭い、のほほんと言った。
 
はて、そうだろうか
 
もう一度二人が消えた扉を見つめ
首を傾げた山崎だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ゆさゆさと揺られながらぼんやりと目の前にある肩口に顔を埋めて深く息を吸った。
とたん石鹸の香りが胸いっぱいに広がる。
すり、と頬を擦り寄せるとこしょばいのか
総悟が笑う気配がした。
 
「ひーじかーたさーん、放り投げられたいんですかィ」
「・・・それは勘弁」
 
放されまいとがっちり首に腕を巻き付ける。
締めすぎたようで総悟がうっと低く唸るのが聞こえ、慌てて力を緩めた。
 
「お前におぶられるなんて泣きそうだよ」
「なんならお姫様だっこしてもいいんですぜ」
「は、冗談」
 
ふん、と鼻で笑ってやると総悟がムッとしたように眉を寄せた。
 
「よっと」
「!」
 
だがそんな表情から打って変わり、口許を吊り上げて
背中に乗せていた土方を不意に
おんぶから肩車状況へそしてお姫様だっこという形にし、
順序良く移動させてしまった。
 
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・土方さん?」
 
こんな羞恥プレイを受けているというのに
怒鳴ってこないとはどういうことか。
 
土方の顔は俯いていて見えない。
脚で身体を支え、顔を上げさせた。
かくん、と酒のせいで赤くなった土方の顔がこちらを向く。
市松人形のような黒々とした瞳は閉じられ、
長い睫毛だけが顔に影を落としている。
薄紅色のけして血色がよいとはいえない形の整った唇は、薄く開いていた。
この唇に触れれば、ぷくりと腫れて口づけを誘うのを自分は知っている。
 
「ぶっ飛んじまったんですかィ?」
 
さらりと前髪を掻き分けて
あらわになった額に気付かれぬよう
そっと静かにキスを落とした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
土方が坂田に抱き寄せられているのを見たとき
理性がぷつりとキレた音がした。
土方がこちらに気づいた様子を見せなければ
きっと坂田に殴りかかっていただろう。
 
ああ、触れてくれるな。
この人は俺のものだ。
 
そう大声で言えたなら。
 
ふらふらふらふらと、この人はさ迷ってしまうから
いっそ閉じ込めてしまえれば
世界とこの人を引き離してしまえれば
この人の瞳は俺しか映さなくなるだろうか。
 
恋というにはあまりにも重く、
愛というにはあまりにも軽い、
 
あの人を想う気持ちには
どんな言葉がぴったりだろう。
 
きっとそんな美しいものではないのだけれど。
 
 
 
 
 
土方を自室のベッドへ寝かせ、その傍らに腰を降ろす。
余程衝撃があったのか、まだ目覚める気配はない。
時々土方が寝返りを打つたびに、びくりと肩が揺れてしまう。
やましいことなどなにもないのだが、落ち着かない。
 
真夜中の3時。
いたってシンプルな部屋の中で
静かな呼吸音と、自分の心音だけが響く。
 
「そんな無防備に寝てたら襲いますよ、お兄ちゃん」
「ん・・・」
 
土方の前髪を撫でて、溜息をつきながら言った。
 
進展なんてしない。
期待もしていない。
 
疼く気持ちに蓋をして、
開くことないよう閉じ込めて。
 
もしも、のことなんて
考えても望みはないから。
 
どこのだれが自分の背中を押そうと
この気持ちを打ち上けることなんてない。
 
あってはならない。
 
 
そうしてしまえば楽なのだろうけど
きっと代償は抱えきれないほど重い。
 
触れることも
声を交わすことも
ましてや顔を合わすことなんて
二度と適わなくなる。
 
なら今のままでいい。
この家を出ていくまでの
ほんの僅かな時を
このまま"兄弟"で過ごしていきたい。
 
「十四郎・・・」
 
強い思いを込めて呼んだ。
愛しい愛しい名を呼んだ。
 
応えてはくれないけど
 
 
 
 
「・・・兄さん、早く起きてくだせェよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
それでもよかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
義兄弟萌え。
私の歪んだ愛が垣間見えますねいやんはずかしお。
続きますよ~
 
 
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